私のパフォーマンス理論 vol.5 -短所について-

上達をしていくプロセスでは、問題となる部分を見つけ改善するので、短所は目につきやすい。一方で”短所”と”ただの特徴”の違いはわかりにくい。マイケルジョンソン独特の立ち上がったようなフォームを欠点として直そうとしたコーチも、特徴としてそのままにしようとしたコーチもいた。成功した後であれば特徴に過ぎない(もしくは強み!)とわかるが、成功する前には短所に見えていたかもしれない。

最初に”自分に短所がある”とどうしても考えがちだが、実際には環境によって持っている特徴が有利か不利かが決まり、不利になるものを短所と呼んでいるだけだ。個人に特有の短所はない。体が大きいことは戦いにおいては有利かもしれないが、食料が少ない環境では無駄なカロリーを使うので生存に不利になる。裏を返せば環境を変えれば短所は長所化する可能性がある。例えば、私は地面に接地している時間が長くピッチが出にくかったので、100mには不利だったが、400Hのようなストライドをコントロールする競技では有利に働いた。身長が高いのはバスケットでは有利だが、体操では不利になる。視野が狭くなり集中する傾向にある選手は、チームではスタンドプレーになるが、個人競技では勝負強さとなる。

短所として認められる場合、それは改善可能なものか、改善不可能なものかを分けて考える必要がある。背の高さ、骨格や身体の形状、根本的な性格などは変えられないので、それが短所ではない種目や、短所ではなくなるように戦略を考えるべきだ。背が低いバスケット選手と、高い選手では戦い方が違う。一方で走り高跳びのようにある程度身長がなければ、上に行くのは厳しい競技では、高い目標を目指すなら競技自体を変更するべきだろう。性格は改善可能に思えるかもしれないが、案外と変えづらい。

私は子供の頃から顎を上げて走る癖があり、これさえ直せばもっと上に行けるはずだと、直したことがある、顎が上がらなくなるとなぜか特徴であったゆったりとした大きなバネのある走りができなくなった。自分なりに分析し、顎を上げることで腰が前方でロックされ、それによって腸腰筋にストレッチがかかって、足を前方に運べていたのではと仮説を立てた。それからまた顎が上がることを気にせず走るようにしたらまた昔の走りに戻った。このように短所が長所を支えていることもある。短所も全体の一部であり、短所を直せば必ず全体のバランスにも影響がある。

時代によって流行り廃りがある。その時代の頂点にいる人間の動きはお手本とみなされやすく、もしその選手と自分のタイプが違えば、違いが短所として認識されてしまう。だが、実際にはそれはただの違いだ。カールルイスがトップの時には足を高く上げる動きが奨励されていて、足を低い位置ですり足のように走る動きは矯正されることが多かった。伊東選手、末續選手が出てきて、足を上げずに走る選手が頂点に立つと、足を上げ過ぎないようにという指導が出てきた。自信がない時にはただの違いが短所に見える。

実用的な話に戻る。とはいえ競技を開始して4,5年程度であれば明らかに改善するべき点があると思うので直しておいた方がいい。やはりそのスポーツをするのであればそれぞれに押さえておかないといけない基本的な動きというものもある。自分よりレベルが上の選手を見て、その選手たちが誰もやっていない癖であれば改善すべきものである可能性が高い。反対に持ち合わせている選手がいるのであれば、ただの固有差である可能性が高い。発展している競技であれば教科書があるので、そこに書いてあるうちの3分の2程度には改善をした方がいいだろう。ただ、日本は型を重んじてさほど影響のない癖も改善する傾向にあるので、細部は意識しなくていいと思う。大雑把には胴体と胴体から20cm程度の距離までの手足の動きは教科書的に改善した方が有利なことが多い。一方で腕や足などの末端は違いがあってもただの癖なのでほっておいて構わないと思う。特に競技開始後間もない頃は派手に動く手足の動きに目を取られがちだが、そこは中心から生まれた動きの結果に過ぎないので、気を取られてはならない。

短所は癖付けによって直すしかない。熟達者でなければ頭で考えて変わることはない。なるべく因数分解し、問題となる部分だけを抜き出しコツコツ良い動きを繰り返す。私は走る時に少し前に着地して引っ掻く癖があったが、真下に着く動きを体得するために、横向きに片足だけ階段に乗せて自分を上下させる練習を繰り返した。家に戻ってからテレビを見ながら1,2時間やったり、アクセルを踏む時も階段を上がる時も真下をずっとイメージしていた。駅でゴルフのスイングをやっているおじさんが昔はいたが、あんな感じだった。

一方で、局所的に動きが改善されても、全体で統合されなければ意味がないので、癖を直す練習をした後は必ず実際の競技中の動きを行なっていた。局所的に改善した結果全体としてはバランスが悪くなるということが往往にしてある。いじってはなじませ、いじってはなじませることを繰り返すことが重要だ。さらにこのようにずっと意識をしていると、丁寧にやろうとする癖がついて、我を忘れたような思いきった力が出せなくなることがある。欠点の克服は大事だが、頭でっかちになってはならない。スポーツはなんだかんだ出力が大きい人間が圧倒的に有利だから、思い切ってのびのび動くことを損ねてはならない。週に一回は全く動きを意識せず思い切って力を出す練習をやっておいた方がいいと思う。

最後にメンタルを短所として捉えている人も多いが、ものの見方はある程度変えられても、自分の性格を矯正できるとは考えない方がいいと思う。心そのものに手をつっこむと迷路にはまる。むしろそのままの性格の自分でも力を出せるような物事の捉え方を身につけた方がいい。例えば私は、強い集中力があったが、ムラがあり毎回いい結果を出すことが難しかった。それを改善しようとしたこともあったが、うまくいかず、あまり受け入れたくはなかったが一発屋として自分を認識し、好不調のゆらぎを受け入れて、勝負所だけは一発狙うように考え直した。

これは陸上の話に偏っていて、例えば格闘技のような欠点があればそこを相手が狙ってくるような競技では短所は必ず改善しなければならないのかもしれない。いずれにしても短所の改善は競技には不可欠だが、自分らしさを失ってはならない。他人を変えるより自分を変えることが重要だと言われれるが、変わらない自分でいても有利になるような戦略や戦場を選ぶことはもっと重要だ。

It is not the strongest of the species that survives, nor the most intelligent, but the one most responsive to change

最も強いものが生き残るのでもなく、最も賢いものが生き残るわけでもない
最も変化に適応したものが生き残る

チャールズ・ダーウィン Charles Darwin (1809 – 1882)

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