私のパフォーマンス理論 vol.30-ライバルについて-

競争の世界にはライバルがつきものだ。特にトップに近くなると、競争している相手も限られてくる。数名のもしかするとたった一人のライバルと競いあうことも少なくない。ライバルは力にもなるが、心を乱されもする。ライバルという存在は頂点を目指す競技者にとっては避けては通れない。

一番大事なことは、自分のやるべきことに集中することだ。ライバルの存在は気になるが、それによって自分本来のやることとずれてはならない。ライバルの設定は自分の器の設定でもある。もちろん今の自分と近い人間がライバルであることは間違いないが、その相手に固執すると伸びどまる。山登りを例に出すとあくまで山頂を見据えて一歩一歩見据えながら、横目でライバルを見る程度でいい。山頂に近くなれば人数は少なくなるのでもう少しだけ意識をしてもいい。

特に調子を崩しているときは、ライバルがやっていることが正しく見える。自分が間違えていてあちらが正しいから、負けているのではないか。そう思うようになる。しかし、多くの場合実態はただ相手が勝っていてただ自分が負けているだけで、そこに理由は特にない。他者に直接影響を及ぼせない陸上競技においては、もし敗北に理由があるとしても自分に問題があるだけで、その問題への対策はライバルの在不在に限らず常に行われていなければならない。ライバルを意識しすぎるとそもそもの問題設定が歪む。もちろんライバルから学べることもあるから、それはしっかりと行った方がいいが、ライバルに関しては感情的になりやすいので注意が必要だ。

競争心が強い人間はライバルと出会うと、ムキになりやすい。ムキになると人間は目の前の相手に勝つことに固執し、遠くを見ることができなくなる。ライバルが世界一の場合はそれでもいいが、そうでなければまだ見ぬライバルとの戦いの方がよほど重要なのに、偏りが生まれて成長を阻害されやすい。例えば相手が後半に粘るタイプなので、あまり前半飛ばすと後半に抜かれる気がして怖い。だから、対戦するときは相手に合わせて前半はセーブ気味で走る。しかし、このようなレース展開に最適化すると世界に出た時に、前半から飛び出せなくて勝負にならない。

井戸の中の戦いと大海での戦いはやり方が違う。ムキになった人間は、ライバルに対しなんらかの競い合いを仕掛けてしまう。相手がたくさん走ればもっと走ろうとし、相手がいいコメントを出せば自分も出そうとする。または、相手のスタイルを嫌がって反対のスタイルに走ろうとする。ムキになる人間はライバルを意識しすぎて近視眼的になる。いいものがあれば盗み、そうでなければ無視をすればいいだけだがムキになる人間はこれができない。だから、ある限られたエリアでは勇ましく激しく競っているが、一歩引いてみると井戸の中から出ることができない。

反対に、空気に飲まれやすい人間は、一度でもライバルに対し上下を意識してしまうとそれに縛られるようになる。人間は不思議なもので自分の立ち位置や役割ができてしまうと、嫌がっていてもそこに収まるようになってしまう。たとえ二番だった時でも、代表になれたから、他の選手には勝ててるからなど、自分を納得させ始める。敗者の先頭はそれなりに優越感もあって心地よいが、それは決して勝者ではない。このように精神的に屈服しかけている時には、チャレンジをしなければならない。ライバルに勝つことを自分の中で諦め始めているので、これを打破しなければならない。とにかく相手は倒せるし倒すことを躊躇するなと自分に言い聞かせなければならない。多くの場合、きっかけは局所的な勝利にある。全部は勝てなくてもある一点だけ勝てれば、もしかしていけるんじゃないかと自分を説得できる。

ライバルはモチベーションになる。私の人生を振り返っても、ライバルがいなければここまで頑張れなかった。特にメダルを取った直後に種目こそ違えどメダルを獲得した末續選手がいたこと、後半で同じ気容疑で成迫選手が出てきたことは私の競技人生に大きく影響している。おそらく二つ目のメダルもなかったと思う。ライバルはその瞬間においては、嫌な存在だが、振り返るとこれほどありがたい存在はない。ライバルは使い方さえ間違えなければ自分の限界を引き上げてくれる。

一方で反省としてはサンチェスフェリックス選手に対しては、今考えると私は半分あきらめていたように思う。勝とうとするけれどもどうしてもそれがイメージできなかった。身体的な限界から来るものか、心理的ブロックがそうさせていてそれが私の限界だったのかどちらかわからないが、いずれにしても彼にはどこかで諦めているところがあった。もっと早い段階で世界に想定ライバルを置くべきだったのかもしれない。

陸上競技者はよそ見をしてはならない。周辺をキョロキョロする人間は長期ではいずれ脱落する。周囲の人間を観察するのは、あくまでそこから学習し自分の競技力向上に活かすためでしかない。最後は自分のレースに集中したものが勝つ。ライバルという存在はつまるところ、自分のレースに集中することの大切さを教えてくれる。

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